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2026年06月07日 主日礼拝 式順・説教

2026年6月7日 主日礼拝 式順・説教 


〇黙    祷
〇招    詞     申命記(신명기) 8章 6~7節, 18節
〇讃    頌    讃頌歌 36
〇信仰告白    使徒信条
〇祈   祷
〇交 読 文     交読文 24 (詩編46編 )
〇讃    頌    讃頌歌 533
〇聖書奉読    箴言(잠언)  3章 5~6節
〇説   教    「軌道修正 (방향수정)」
               石橋真理恵牧師
〇祈  祷
〇讃   頌   讃頌歌 430
〇奉献祈祷       
〇献    金   
〇交 わ り    
〇頌  栄    讃頌歌 1
〇祝   祷


※ 説教映像をYouTubeでご覧いただけます。


【 2026年 6月 7日 主日礼拝説教】

  「軌道修正」 箴言 3章 5~6節
                 石橋 真理恵 牧師


 6月第一週目の主日。2026年もあっという間に半年が過ぎようとしています。年々、時間が過ぎるのが早く感じます。皆さんはいかがですか?
 何かしても、何かしなくても、時間は過ぎていきます。
 そして、この時間は永遠に続くものではありません。いつか終わりを迎えます。その終わりは、誰にも分かりません。


 今日、皆さんと共に考えたいのは、「信仰者として、どのように生きるべきか」です。
 今日の説教タイトル、変わったタイトルだと思ったかもしれませんが、インパクトがあった方が、忘れにくいかなと思いまして、「軌道修正」としました。
 軌道修正、辞書にはこうあります。
・物事の進むべき方向がずれているのを正すこと、
・または誤った方向に進んでいる状態を本来目指すべき方向へ修正すること。


 今日お読みした箴言は「知恵の書」とも言われ、1章から31章まであるので、箴言を一日一章ずつ読み続ける方もいます。繰り返し、繰り返し、箴言を読んで、御言葉から知恵を得る。
ぜひ皆さんも一か月読んでみてください。


 信仰の有無に関わらず、人は賢い人になりたいと願います。それはなぜか? おそらく、人生の中で起こる様々な問題に、うまく対処しながら、幸いな人生を送りたい。そのためには知恵や賢さが必要だからではないでしょうか?


 世の中の人も、どのように生きれば幸せになれるかを考えます。では、信仰者の私たちは、どのように生きることが「幸いな人生」なのでしょうか? 聖書を通して語られている幸いとは、「主を信頼し、主と共に歩む人生」です。ここが肝心。ここが、世が求める幸いとの違いです。
 ここにまず、私たちの考えを「軌道修正」する必要があります。考えを(頭を)軌道修正したところで、今日お読みした御言葉を共に見ていきましょう。


 5節前半に「信頼」という単語が出てきますが、この単語の本来の意味は、「避難するために急いで逃げる」という意味だそうです。避難っていつしますか?
 何か危険な状況に陥った時、急いで逃げますよね。地震・雷・火事…。いろんな危険な状況があると思いますが、その時、急いで逃げます。この避難するために急いで逃げることが、なぜ「信頼」なのかな?と考えますと、急いで逃げたその先は、安全な場所であり、さらに言えば自分の命が守られる。そこに行けば大丈夫と信頼しているから、そちらに逃げる。
 ですから、「避難するために急いで逃げる」=「信頼」なのかなと考えました。


 では、何か問題が発生した時、試練にあった時、困った時、私たちは一目散に、どこに向かって避難するでしょうか?
 「私は神さまを信じています。主を信頼します。」と、口では言いつつも、問題が生じた時、危機的状況に陥った時こそ、自分の本心が分かると言いますか。何を本当に信頼しているかが分かります。


 人は困った時に、何に頼るでしょうか。
 まず、「自分」に頼ります。自分の力、経験でどうにか解決しようとします。そして、それで解決できなければ「他人」を頼ります。あの人なら助けてくれるだろう。そして、それもダメなら人は「現実逃避」をします。
 しかし、自分、他人、現実逃避で、問題が全て解決し、不安が無くなるでしょうか? もし解決したとしても、それは一時的なもの。また別の問題が発生すれば、また不安。
人生この繰り返し。では、どうするべきなのか。⇒「軌道修正」です。


〈軌道修正① 5節 「心を尽くして主に信頼し」〉

 自分が何に頼っているのか考えましょう。気づきましょう。気づくことがスタート。そして、もしずれているなら軌道修正。主に信頼しましょう。
 「主に信頼しましょう」と言いましたが、その前に書かれている言葉が重要です。
 ⇒「心を尽くして」⇒自分の全信頼を主に置くという意味です。


 神が私たちに求めているのは、100%の信頼です。これが「心を尽くした信頼」です。もし私たちの信頼が80%ならば、残りの20%は何ですか?神以外を信頼しているということです。これを言い換えれば、20%は神を信頼出来ていないと言っているのと同じです。
 体半分だけ安全基地に逃げて、体半分は危険地帯にいたらどうなりますか。⇒死にますね。私たちに求められている信頼は、100%の信頼です。


 なぜ主は、私たちに100%の信頼を求めるのでしょう。
 それは、試練の中で、「あなたは私を信頼するのか?」という信仰を見ておられるから。与えられた試練にどんな意味があるのかは時間が経った後に、「あ、あの時の試練はこういうことだったのか」と分かればいい方で、分からない方が多いかもしれません。それでも、神がどのような方なのか分かっていれば、信頼できるはずです。


〈軌道修正② 自分の分別には頼らず〉

 質問:神の知恵、人間の知恵。どちらが賢いですか?言うまでもありませんね。
 保育園で子どもがカッターやはさみを使う時、先生はこう言います。「絶対、自分に向けて切ってはダメだよ、自分と反対に切るんだよ」と何度も言います。なぜ?手を切らないための知恵です。
 しかし、子どもは言われても、こう切った方が上手に切れるかも?と思って、集中しすぎて、先生の言葉を忘れる。結果、自分の手を切って怪我をします。「ほら言ったでしょ!」
 先生の言う事ではなく、子どもは自分の考えで大丈夫だと思ってしまったのです。自分の知恵、自分の分別に頼るとは、こういうことです。


 子どもはそうよね?と思いましたか??いやいや、この失敗を私たちもするんです。神はこの聖書を通して、私たちに真理を教え、知恵を与えます。しかし、読まないんです。
 さらには、自分の考えに囚われ、経験が邪魔をし、御言葉よりも自分の考えで動く。全てをご存じである神、全知全能なる神の知恵に頼ったほうが賢くないでしょうか。
 私たちが自分の知恵で行動をして失敗したら、もしかしたら神様も「ほら言ったでしょ!」と、言っているかもしれません。自分の分別には頼らず、心を尽くして主に信頼する者となりましょう。


〈軌道修正③ 常に主を覚えて・主を認める人生 「6.常に主を覚えてあなたの道を歩け。」〉
 常に主を覚える。とは何でしょう?主の何を覚えるのでしょうか。

 新改訳・口語訳聖書を見ますと、「主を認める」と訳されています。
常に主を「覚える・認める」この単語の本来の意味は、「心を注ぐ、注意を払う」という意味。つまり、「神に心を注ぐ・注意を払う」ことです。


 私たちは常日頃、どれだけ神に心を注いで、注意を払い生活しているでしょう。どれだけ神に心を向けて生きているでしょう。ここも「軌道修正」が必要ではないでしょうか?
 「神様はどう思うだろうか」、「神様だったらどうするだろうか。」自分の感情に左右され、自分の思うように行動し、言葉を発していないでしょうか。


 私たちの中の信仰と感情が戦います。感情に左右されれば、信仰はどんどん小さくなり、挙句には、まるで信仰が無いかのような言動をとってしまうのです。私たちは、常に神に心を注ぐ必要があります。どんな時も、主を覚えて、主を認めなければ、私たちは忘れてしまう弱さがあるのです。他に集中するあまり、神を忘れる弱さがある。
 なぜでしょう?見えないから。でも、見えないからいないのではありません。


 生きていれば、楽しいことや辛いこと、色んなことが起こります。物事がうまくいけば「私ってすごい!」と調子に乗ってしまいます。物事がうまくいかなくなると、人は不思議なもので、そういう時には神を思い出し、神に祈り、時に不平不満を言い、さらに、神はいないんじゃないかと考えたりします。


 神に心を注がず、神を忘れれば、そうなるしかないのです。自分の感情に左右されるのではなく、神に心を注ぐ者となりましょう。


*ここまでの内容が、条件です。長かったですね。
 ①心を尽くして主に信頼し、②自分の分別には頼らず、③常に主を覚えてあなたの道を歩け。


 この条件を満たすならば、どうなると書いてありますか。6節後半。「6. そうすれば主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」


 「そうすれば」とあります。先ほどの条件を満たせば、神は必ずそうしてくださると約束されました。ここで「道・道筋」とは、私たちの人生です。私たちの人生は、自分で、自分の力だけで歩むなら、山あり谷あり。その道は苦労ばかりかもしれません。


 しかし、心を尽くして主に信頼し、自分の分別に頼らず、常に主を覚えて歩むならば、6節後半。私たちの歩む道をまっすぐにしてくださるのです。


 神は道を真っ直ぐにする準備は出来ています。どうするかは、私たち次第。私たちは、現時点で「御言葉」からずれていないか、自分は今どこを向いているのか、向かっているのか…「軌道修正」しましょう。
 そうすれば、主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。
 この、祝福を得られる、私たち一人一人となれますようお祈りいたします。

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投稿日:2026年06月07日